サイババの講話1991年4月

サティヤ サイババ 西洋人に語るという動画からの文字起こしです。

※文字起こしは不正確であることがあります。動画はサイババが話したものを通訳が英語にし、おそらくそれを動画製作者が日本語訳にしてテロップをつけています。


人生とは何か。人間とは誰か。

「人間の真の研究対象は人間である」(英国の詩人アレキサンダー・ポープの言葉)。

人生はとても貴重で尊いものです。人生はとても神聖で聖なるものです。霊的な人生は生きるに値します。

今の人間は、人生の価値を理解することなく、世俗的な楽しみや肉体的な快楽にのみ没頭し、人生を誤用しています。世俗的な悦楽、肉体的な快楽は、鳥獣や動物でさえ味わいます。人が肉体的な快楽のみを味わおうとするなら、人と鳥獣の違いはどこにあるのでしょう?動物との違いはどこにあるのでしょう?

今、人はどこにいるのでしょう?動物的な嗜好は低級なものです。中間には人間的な性質があり、一番上が神性です。

中間に位置する人間は、上を目指さなければなりません。下に落ちるべきではありません。今の人間は、上を見ようとするどころか、下の方を向いてばかりです。そのため人は動物のようになりつつあります。

人はいかにして神性に到ることができるのでしょう?私達は神や神性と言い続けていますが、神性に到るためには、低級な考えを捨て、上を目指さなければなりません。

人はさまざまな教育を受け、いくつもの力のある地位に就いているかもしれませんが、人生の高い段階に到達することができないでいます。ですから、何よりもまず、少しずつ自分の欲を抑えるようにしなければなりません。欲が大きくなり、増え続ける限り、人間性は低くなり、減少し続けます。

3つの状態があります。行うこと、見ること、あること。「行うこと」、「見ること」、「あること」という、3つの状態があります。

「行うこと」は肉体的な活動だけに没頭することを意味します。人は心で体験しています。

「あること」は真我、すなわちアートマンと共にあります。「あること」はアートマです。アートマは不変です。

不変なる神性を手にしたいのであれば、ある程度まで、行為する肉体と思考する心をコントロールしなければなりません。肉体は水の泡のようなものです。心は狂った猿のようなものです。水の泡のような肉体や、狂った猿のような心に従うべきではありません。良心、すなわちアートマの行動規範に従わなければなりません。

しかし、今の求道者は良心に従っていません。肉体と心だけに従っています。人はゆるぎない心を持つべきです。

今日、皆さんは霊性の道を歩むために、大金を使って、様々な快適さをあきらめてとても遠いところからやってきました。しかし、ここへ来てから、あなたは何をしていますか?あなたの目的は何ですか?あなたの思いは何ですか?どんな目的をもってここへ来たのですか?あなたは何をしているのですか?

皆さんは、きちんと答えなければなりません。自分は何をしているのか?皆さんは霊的な目的を持ってやってきました。ところが、皆さんは世俗的な思いを募らせています。皆さんは、あまりにも付き合いを広げ、あまりにも執着を募らせています。新しい付き合いを持とうとしています。皆さんは全てを、父親、母親、血縁をあきらめたはずです。

ところが、皆さんはここで不必要な束縛を得ようとしています。皆さんは、束縛を取り除くという目的を持ってやってきたはずです。間違っています。

「こんにちは!」、「お元気ですか?」、「さようなら」といった表層的な関係だけなら持ってもかまいませんが、それ以上はいけません。さもなければ、自分の目的、志を損なってしまいます。男性と女性の交流が多すぎて、心が狂った猿のようになってきています。狂った猿どころか、動物です。動物のようになってきています。これはまったく間違っています。

ヴェーダンタという私達の哲学によると、人はヴァイラーギャム、すなわち無執着を育てなければなりません。世俗への無執着を育て続ければ、神聖な執着が増してきます。

皆さんはジャパム(唱名)や瞑想をしているかもしれません。けれども、ジャパムや瞑想をすることで、どんな成果を手にしていますか?皆さんは目を閉じて座ります。それが瞑想なのではありません。皆さんの心は猿のようにさまよっています。実際、このような瞑想は時間の無駄です。時間の無駄は人生の無駄です。

心をコントロールできなければ、行為に携わりなさい、行為に没頭しなさい。何か仕事をしなさい。だらだらと時間を無駄にしてはいけません。

ある状況では、皆さんは神性とは何かを理解できません。神性はいたるところに存在しています。あなた方自身が一つの神聖な力なのです。皆さんは自分の神聖な力を認識すべく努力すべきです。神聖な力を求めて、狂人のようにあちこちさまよってはいけません。それはお金の無駄、エネルギーの無駄、時間の無駄です。

ただ一つの道、ただ一つの思いに従いなさい。おしゃべりを少なくして、より多くの仕事をしなさい。おしゃべりが多すぎます。霊的なエネルギーはおしゃべりのせいで浪費されてしまいます。

小さな例をあげましょう。ラジオがあります。ラジオのスイッチを入れてラジオを聞くと、電気を消費します。肉体はラジオのようなものです。知性はスイッチのようなものです。おしゃべりはラジオの音です。電流は私たちのエネルギーです。おしゃべりのせいで大量のエネルギーが浪費されます。エネルギーの消耗によって、アレルギーが生じます。アレルギーが生じると力が弱まります。弱さのせいで何もできなくなります。ついには、狂人になってしまいます。それは霊性修行の結果ではありません。

どんな仕事をするにせよ、その仕事を神聖なものと考えなさい。これが本当の霊性修行です。ちょっとした例をあげましょう。

↓詳細はこちらです。動画には続きがあります。

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